抑圧された感情

ロバの耳の青い猫

笑顔の下

笑顔が絶えず明るい人が、実は非常につらい体験をしていたり、または、現在もいろんな問題を抱えていたりしているのを知って、驚いた経験はありませんか?

もし、自分の身に置き換えたとき、果たしてあんなに優しくふるまえるだろうかと自信を無くしてしまいそうになります。

しかし、人はひどい経験や痛みを抱えて生きているということがわかったとき、相手を思いやる気持ちが持て、且つ自分だけがつらいんじゃないっていうことが理解できるようになると思います。

抑圧された感情

自分は幼い頃、両親の仲が非常に悪く、毎日のように父が母を、母が父を大声で罵り合うという空間で過ごしました。静かなときもありましたが、そんな時は、お互い無視を決め込んだ時くらい。でも、不思議なもので物心ついた時にはそれが普通の夫婦の在り方だと思い込んでいました。

ところが小学二年生の時、近所の友達の家に遊びに行った時のこと。日曜日の昼過ぎ、友達のご両親がソファーに。なんと、二人より添って座り、楽しそうに話をしているのです。和やかな雰囲気。めまいがしたのを覚えています。

初めて気づきました。こんな両親がいることを。

知ってしまってからが辛かった。仲良くしてほしい。父の自分に対する態度はやさしかった。母の自分に対する態度も優しかった。でも、そうじゃなくて、父と母が仲良くしてほしかった。

これは自分の経験の一例ですが、他の人はもっとすごい幼少期を過ごしていたりするんですよね。それがわかると本当に人に優しくなれる。許すことができる。

ときに、自分の価値観と違う人と出会ったり、言動が気に入らなかったりすることってないですか?そんなときも、人にはいろんなバックボーンがあり、様々な事情がある、と考えることで少しは穏やかに接することができる気がします。

だからといって、我慢して笑顔をつくることではない気もします。ブスッとしてると人に迷惑をかけますから、それはよくないことですね。でも時には、抑圧している感情に気づき、それを解放してあげる。そうすることで自分らしくあるがままでいられる。そして、すごく楽に過ごせると思います。

もう一度自分の例でいうと、抑圧している感情にまず気づいていなかった。もやもやした重い胸のつかえでしかなかった。体をこわばらせ構えていた。でも訴えたかったのは、お父さん、お母さん、仲良くして!そして、お前たち大嫌い!

10代のうちに気づいて感情を表現できていればよかったのになと今になって思います。怖かったんだと思う。反抗期もなかった。人に何かを隠して生きている気がした。

すでに両親は他界し、自分も3人の親になってやっと、過去を静かな気持ちで振り返ることができるようになった気がする。そして、今になってようやく抑圧された感情に気づき、解放できるようになった。

穴を掘って言ってみるのもいいかもしれない。「王様の耳は ロバの耳ィー」。ちょっと喩えが違うかな。

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